瞑想知識

瞑想とファッション──もっと自分らしく。私の洋服は、私自身を表している

ニューヨーク在住のファッション・ブロガー、マディソン・ステファンズ(写真右)が瞑想に関する自身の体験を語っている。TM教師である父親から子供頃に瞑想を学び、今では、その内面の体験を外側の活動に生かしている。

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先週、ベッドに入る前に Bellocq White Wolf 茶を飲みながら、私は最近、日課にしているデヴィッド・リンチの90年代のクラシック、ツインピークスを観ていた。それは、主人公エージェント・クーパー(FBI特別捜査官)がベッドの上に座っているかのようだった。彼はゆっくりと目を開け、彼のアクセサリーに向かって話した。レコーダーが言った、「ダイアン(クーパーの秘書)、今午後1時17分だ。眠るかわりに2回目の瞑想をしたから、僕は完全にリフレッシュしたよ。この偉大な惑星にいる僕らみんなが、自分自身の可能性の一部分しか生きていないということにまた気がついて、ショックだったよ」と。

典型的なリンチ流──そう、完全に超越している。

登場人物よりも、その場面の「超越瞑想」に興味をひかれた。超越瞑想は、リンチが一番情熱を寄せているもので、それはまた、私にとって大変重要なものなのだ。そう、告白しよう、私は生まれてこの方、超越瞑想の実践者である。

私は、笑ってうなずきながらその場面を観ていた。それは、ほとんど人生を通じて規則的に行って来た、私にとっての一日二回の習慣だった。6人兄弟の5番目として、私はTM教師の娘として育った。私の父はベトナム戦争のグリーンベレー世代として、短い仕事をした後、瞑想をするようになった。ドノバンとビートルズのフラワーパーティーズがインド中を行脚している時だった。

それは彼に大変インパクトを与えたので、彼はTM(超越瞑想)の教師になった。父はそのテクニックを子供達に授け、私は小学生の時に、TMの実習を始めた。子供ながらに、私はTMが自分の生活全般を良くすることに気が付いた。TMは集中力を高め、微分積分を解けるようにしてくれた。私は14歳の時に自分の目標をファッション・ジャーナリズムに定め、その気持ちは変わらなかった。

TMは、瞑想者が言う「純粋意識」に留まれるよう、私の性格を修正してくれた。自分の周りにある現実世界から、超越の世界へと向かわせてくれた。その状態では、内なる静寂と啓発に入ることができる。それが、TMと他の瞑想法との違いである。

私は大人になってからの方が、TMにより感謝するようになった。そして、TMの実習が宿題をするのを遅らせる口実以上のものであると理解するようになった。私は、自分の創造性と知性を、内側のインスピレーションと光を宿している場所に到達させる技術としてTMを使うことができる、ということを悟った。それは、自分自身と自然との間を統一する、高度な実在に戻る場所だ。

私は瞑想によって、さまざまな効果を得た。気分を良くするだけでなく、心配を軽減した。私の神経系をやさしく洗い流し、ストレスの毒を減らし、神経系を浄化した。私の怒りをさまし、内なる平和を創り出し、人間関係を楽にした。そして、自分自身をも越えて、TMの実践は社会に調和を創り出す。

研究によって証明されたように、自分に良いことをやっている時、私達の意識は上がり、それは社会の意識をも上げる。TMを西欧社会にもたらした師であるマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは、私にとって、そして私の父にとって最も大切な人である。

彼は人を地球に例えてこう言った。「緑の木がなければ、緑の森はできません。同じように、世界平和は個人の平和なしにはあり得ません。」

TMに関する科学的研究と調査は、地域の犯罪、暴力、ストレスを減らすという有益な効果を証明している。これ以上ないほどの素晴らしい例がある。デヴィッド・リンチ財団(DLF)が、荒れている学校で、生徒たちに瞑想を教えると、すぐに彼らはより良い生徒になった。それはTMによる休息の為と考えられた。

神聖なる本質を開発して得た啓発は、私達に最も素晴らしい価値を証明した。しかしそれをどのように人々に説明したら良いのか? 私がそれをするには2年もの年月がかかった。ファッションと美の表面だけの狭い世界で、私は欲求不満をつのらせていた。私はTM教師になるための準備をした。なぜなら、TM以外に私を満足させ、暗闇を克服するものはなかったからだ。

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ニューヨークのDLFで短いインターンシップを行った後、私はファッションに同じ啓発を見出した。アバンギャルドの中にある破壊と打ち壊しの超越的な質。そこにはコムデギャルソンと、古い派であるマルギーラ、アン・デムルムースター、山本耀司の精神があり、それは、私自身の内なる意識を映し出した。私は目的を持って生まれ変わったように感じた。そして、個人のスタイルを通して超越を紹介するブログを立ち上げた。

なぜならリンチが、「大きな魚をつかまえよう」の中で書いているように、「瞑想とは自分が、もっと自分らしくなること」だからだ。私に関して言えば、私の洋服は、私の意識を表しているべきものじゃないか? ということだ。洋服は、自己満足で厚かましい自分自身の一面を表すと同時に、私自身の開花、私という存在の全ての側面をも象徴しているものだ。

歯磨きするように、瞑想は私の日常にとって重要なものとなった。TMは休息に関して、その力を発揮した。そのテクニック全体で一番の特徴とは何だろうか? 超越瞑想は簡単で息をするのと同じくらい自然なものだ。瞑想のために座っている時、息を数えたり、映像を思い浮かべたり、考えをなくそうとすることは必要ない。目を閉じると、マントラが浮かび上がってくる。それは私の一部分であり、私の考えとアイデアは、その中で跳ね回り、私の心から出て行く。そこは、私が、ニューヨークの忙しい通りの高いエネルギーを忘れ、超越できるたった一つの場所である。

ノーマン・ローゼンタール博士は、「私は何事も見失わない。そこにずっとつながっているから」と「超越瞑想 癒しと変容」に書いている。実は、私はずっと何かとても大切なものを見失っていた。それは存在の技術だ。ベビーブーマーからエコーブーマーまで、メディアの考えを新しくしようとする試みは失敗した。瞑想が妄想を解き放つにつれて、貴重な20分のセッションによって、私は、リチャージ、リセットされ、バランスを取り戻した。私の夕方の瞑想ほど、純粋で自分を高めるものはない。それぞれの実習において、そこから得るものは一つまた一つと拡大し、この意識の球体は成長し、成長し、私は真実の自己へと何度も帰って行く。

「大きな魚をつかまえよう」というタイトルは抜け目のない観察からつけられている。「アイデアは魚のようだ。つかまえるためには、深くもぐらなくてはならない。深くもぐると魚はより力強く、純粋だ。巨大で抽象的だ。そしてとても美しい。」ファインディングニモのようだが、ニモを探すのではなく、自分自身を探すのだ。なぜなら深く潜ることによって、TMが自分の内側にある真珠のような本質を見つけてくれるから……。ダイアンにこれを説明できるだろうか?

原文・TM BLOG