目が見えなくても目が見えていても、そこには『絶対』がある──ヘレン・ケラー

ヘレン・ケラーは、二歳の頃から目が見えず、耳も聞こえなかったが、ラドクリフ大学を優秀な成績で卒業し、盲目と聾唖の障害を乗り越えて大学の学位を取得した最初の人になった。彼女は、講演と著述を通じて社会改革に生涯を捧げた。その著書のなかで彼女の内的体験が表現されている。演劇と映画の『奇跡の人』は、家庭教師アン・サリヴァンに助けられてヘレン・ケラーが暗闇と沈黙の世界から抜け出し、その時代で最も偉大な女性の一人として称賛されるようになった過程を描いている。

ケラーは十数冊の著書を出版し、四十カ国を訪れ、平和運動や女性の権利・労働者の権利・身障者の権利を擁護する運動に尽力していく中で世界的な名声を得た。彼女は1920年の米国自由人権協会の設立を支援した。彼女の知己にはアレクサンダー・グラハム・ベル、マーク・トウェイン、チャールズ・チャップリンらがいる。自由勲章の受賞をはじめとして彼女は世界中の国々からその功績を称えられた。

『私の宗教』という著書の中で、彼女は以下の体験を語っている。

helen-keller「『無限』の泉から聖なる情熱が溢れ出るのを感じます。… 見えない絆で太陽や惑星につながれた私の霊魂の中の永遠なる炎を感じます。ここで、この日常の大気のただ中で、天上の雨が激しく降り注ぐのを感じます。私は地上のすべてを天上のすべてと結びつけているものの輝かしさを知っています。私はこの世で沈黙と暗闇に閉じこめられていながら、死が私を解放したときにはその千倍もの視覚を与えてくれるであろう光を持っているのです。」

ヘレン・ケラーは、超越レベルの心の体験を表現している。彼女はその体験を「無限」に結びつけ、「私の霊魂の中の永遠なる炎」と表現している。この内側深いところで、彼女は「地上のすべてを天上のすべてと結びつけているものの輝かしさ」を体験している。目が見えず、耳も聞こえず、「沈黙と暗闇」に閉じこめられていながら、彼女は、死を超越する内なる光を体験しているのである。

『私の住む世界』という著書の中で、彼女はこの体験について別の観点から語っている。

「目が見えなくても、目が見えていても、そこには『絶対』があります。『絶対』は、私たちが真実と認識するものに真理を与え、秩序的なものに秩序を与え、美しいものに美を与え、触れ得るものに可触性を与えています。このことを認めるのであれば、当然、この『絶対』は、不完全なものではない、未完成なものではない、部分的なものではない、ということになります。…

ですから、霊的な心の中には、耳が聞こえない、目が見えないということは存在しないのです。霊的な心とは、哲学的に言えば、実在の世界なのですが、いずれは滅びる肉体の五感によって霊的な心は追い払われてしまいます。ですが、『実在』は私の心の前で輝いています。目に見えるものは『実在』の象徴なのです。ふらつく足取りで私が部屋の中を歩き回っているあいだ、私の霊魂は鷲の翼の上に乗って空を駆け巡り、奪うことのできない視覚で永遠の美の世界を見渡しているのです。」

この一節が示すようにヘレン・ケラーは、この内側深くの領域は「絶対」であり、真理・秩序・美の源泉であり、完全性と全体性の場であると認識している。彼女は、すべてのものはこの領域から現れると理解し、その領域は「永遠の美の世界」なのだと私たちに告げている。

美しい表現で綴られたヘレン・ケラーの内なる体験を読んでいると、私たちは、目を閉じて超越瞑想をするときに生じる超越の体験を思い起こす。努力しなくても、自然にそして自発的に、心は落ち着いて内側へと向かう。心は静かになって安定する。瞑想中、私たちは純粋な状態の意識を体験する瞬間があるかもしれない。純粋な状態の意識とは、純粋な目覚めの大海であり、すべての想念と感情がそこから生じる、静寂で枠のない場である。

マハリシもまた、この純粋な意識の場を「絶対」と表現した。その場は時間を超え、空間を超え、変化を超えたところにある。それ自身は不変でありながら、宇宙のあらゆる変化の根底にそれがある。これが自然界の最も深奥の真実、すなわち自然界の究極の真理だ。そしてこれはすべての人の「自己」なのである。

この数十年間で、量子物理学の研究は数学的な観点から自然界の根底にある統一を解明してきた。無限の多様性があり絶えず変化する私たちの宇宙の根底には、すなわち時間・空間・変化を超えたところには、統一された場がある。この場は自然界の無限の創造性と知性を具象化させ、空間のあらゆる点における、時間のあらゆる瞬間における、秩序立った変化を導いている。

米国の物理学者ジョン・ヘーゲリンは、この二つの場(純粋意識の場と統一場)は一つの同じものであることを明らかにした。それはつまり、超越瞑想中に超越しているとき、私たちは想念の源のみならず自然法の源を体験しているということだ。そのとき私たちは自らを自然法の流れに調和させているのである。

したがって、ヘレン・ケラーが自身の内なる体験を表現するのに「絶対」という言葉を使っているとき、また彼女がその体験を「実在」や「無限」と表現しているとき、これらの言葉は単なる詩的表現ではないことがわかる。これらの言葉は人間が現実に体験できるものを表現しているのである。

ヘレン・ケラーは想像を絶するハンディキャップを克服して、歴史上最も偉大な女性の一人になった。それは、おそらく、彼女が意識の内深くにある源泉に、すなわち純粋意識の場に触れていたからであろう。

この体験をするのを偶然の幸運にまかせねばならない時代は終わった。私たちは超越瞑想をして毎日朝と夕に純粋意識の内なる大海に潜っている。簡単に手に入るこの体験を通して、科学的研究の結果が示しているように、創造性と知能が向上し、健康が増進し、バランスのとれた人格の成長が促され、人間関係が改善される。

私たちは誰でも人生の中で困難に出遭う。だが私たちは、超越瞑想を規則的に実践して創造的な潜在力を十分に開発していくにつれて、内奥で輝いている「自己」に錨を降ろしながら、ますます容易に困難に対処できるようになっていくのである。

原文・CRAIG PEARSON, PH.D.

  

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